若手醸造家が主導した「甲州クリオ・エクストラクション」誕生の軌跡
2026年の春、マンズワインは甲州ぶどうを使った甘口のワイン「甲州クリオ・エクストラクション 2025」を生産数864本限定で発売しました。
実は「甲州クリオ・エクストラクション」のワイン造りを担ったのは、入社4年目の若手醸造家でした。今回は、甲州クリオ・エクストラクションの魅力やこのワイン誕生のバックストーリー、またワイン造りの工夫を、醸造を担当した井上晴日さんへのインタビューを基にして紹介します。
| プロフィール 井上晴日(いのうえ はるひ) 醸造技術部 研究開発グループ 所属 山梨県に生まれ、ワイン造りに関わる両親のもとで育つ。マンズワインの「ソラリス 千曲川 信濃リースリング クリオ・エクストラクション」が持つ高い糖度とおいしさに感動し、マンズワインでのワイン造りを志す。ワインは非常に奥が深く、無限の可能性があるお酒だと感じている。生果仕込みチームの中では最年少で、唯一の女性醸造家である。 |
「甲州クリオ・エクストラクション」を造ったきっかけ
ーーこのワインを造ろうと思ったきっかけは何ですか?
「2024年のマンズワインフェスタでスタッフとしてお客様と接している時、甘口のワインを好きな人が意外に多いことに気づいたのがきっかけです」
特に井上さんが注目したのは若いお客様の甘口ワインへの好反応でした。おいしそうに甘いワインを飲んでいる姿から、まだワインを飲み慣れていない人にとって、甘口はワインに親しむ良い入口になるのではないかという着想を得たといいます。
その時は、自分自身の手でそういったワインを造ろうと思ったわけではありませんでした。しかし翌2025年、勝沼ワイナリーで若手醸造家の育成を目的に、醸造現場で試してみたいことや自分が造りたいワインに挑戦できる機会を設け、希望者を募ったことで、井上さんに転機が訪れました。

ーーなぜ手を挙げたのですか?
「ちょうど勝沼ワイナリーに甲州の甘口ワインが無かったので、仕込みの忙しい時期ではありましたが”造りたい”と手を挙げました。私自身甘いワインが好きなのも理由の一つです。」
マンズワインにおけるこの制度の特徴は、製造フロー作成に始まり、醸造、貯酒、酒質安定化、瓶詰とワイン造りの工程を自分の責任で行い、実践的な経験を積める点にあります。井上さんはこれまでに発酵管理の経験しかなく、全体を管理するのは未知の連続で不安感もある中、周囲の先輩に質問しながらワイン造りを進めたそうです。
ワイン造りの鍵は「香りと甘さ、味わいのバランス」

ーークリオ・エクストラクションという製法を選んだのは?
「自分がソラリスの信濃リースリング クリオ・エクストラクションを初めて飲んだ時に感じた “ぶどうだけでこんなに甘くなるんだ” という驚きを、このワインを飲む人にも味わってもらいたいと思ったからです」
クリオ・エクストラクションとは、収穫したぶどうを一度凍結させ、溶けてくる所を搾ることで、糖分やエキス分が濃縮された果汁が得られます。凍る過程で果皮の細胞壁が破壊されて成分が抽出されやすくなるため、非常に香味の優れた果汁になります。
井上さんは地元山梨県で育った甲州ぶどうをクリオ・エクストラクション製法で仕込み、甲州本来の香りと甘さ、味わいを凝縮したワインにして、これからワインを親しむ人たちに提供したいと考えたのです。
ーーワイン造りでこだわった点は?
「一番こだわった点は香りで、次に味わいです。甘い香りがするのに甘くない、これがワインの面白さでもあり、奥深いものかもしれませんが、甘い香りと甘い味わいは、ワインを飲み慣れていない方にとっては飲みやすいのではないかと私は考えました。」
井上さんは、香りと味わいの一貫性実現のためにワイン造りの各工程で工夫を凝らしました。
<圧搾>
圧搾では、梗ごと凍結した甲州1,800kgを少し溶かした状態でプレス。甲州クリオ・エクストラクションをつくるにあたっての仕込み時期は気温が下がっていたため、溶かし加減の調整が難しく少しずつしか果汁を得る事ができませんでした。
そこで、井上さんは搾る度に異なる果汁の糖度を計測し、最終的に狙った糖度の果汁を得るための調整を実行。結果、目標糖度の果汁約800Lを得ることができました。
<アルコール発酵>
発酵は、ワインの「香り」を決める上でとても重要な工程です。井上さんは、甲州が発酵中盤でトロピカルなバナナのような香りを放つことを自身の経験から知っていました。
この香りは甘い味わいとの相性が良いものです。このトロピカルで甘やかな香りを更に強く生み出すため、酵母の種類・発酵補助剤の投入タイミングなどを工夫することで、花の蜜やパイナップルを連想させる香りを得られました。
「味わい」で重要なのは、甘さの程度とアルコール度数です。今回の甘口ワインではアルコール発酵を途中で止め、ワインに糖分を残す必要があります。気軽に飲めるすっきりした甘さと飲みやすい8%程度のアルコール度数の両方を実現するために、発酵を止めるタイミングにはかなり気を使ったそうです。
<貯酒・酒質安定化>
発酵が終わったワインの香りや味わいが最終的に決まる工程です。
特に香りは非常に繊細で、ワインを動かすたびに香りが飛んだり変化したりするため、狙った香りの維持は醸造家が神経を使う部分です。貯酒の間の成分変化では一時、狙っていない香りが出て肝を冷やしたこともあったと井上さんは語ります。
タンク間の移動をする際には先輩醸造家が空気との接触を避ける丁寧な作業をしてくれて、とても有難く感じたそうです。
瓶詰前の酒質安定化と濾過は、ワインから不要な成分を取り除く作業であり、過剰な処理はワイン中の好ましい成分も取り除いてしまいます。そこで、井上さんは酒質の安定と味わいのバランスを保つ処理量を何パターンも試して、香りや口当たりの良さを調整しました。最終的にすっきりした味わいを感じられる最適なパターンを選んだのです。
造ってみて、飲んでみて。そしてこれから

ーー実際に造り終えてみて、いかがでしたか?
「色々と苦労はありましたが、なんとか狙った香りと味わいのバランスを実現できて良かったと思っています。イベントで初披露し “おいしい”との声を多くいただきました。特に女性の方に好評で “普段ワインを飲まない人でもこれなら飲める “との声を聞き、本当に有難い想いでした」
是非これからワインを飲んでみたい人には「甲州クリオ・エクストラクション」を気軽に手に取ってもらい、「造り方でワインの味わいはこんなに変わる」ことを体験して欲しいとのこと。夏であれば、キンキンに冷やして楽しむのがおすすめです。
自分の責任で工程をつくり、各工程の実践の判断を自分で行うというプロジェクト。しかし、実際にワイン造りの全般を経験した井上さんは「このワインは私が造ったのではなく、周りの仲間たちとみんなで造ったワインです。皆さんにたくさん支えていただきつくることができました」と語ります。
もし次回があれば、今回のワイン造りの経験を活かしながら様々な製法に挑戦したいと語る井上さん。その目線は、既に仲間たちとの次のワイン造りに向いているようでした。
